紙の液体浸透特性について(第2報)

−顔料組成及びカレンダー掛けが コート紙への液体浸透に与える影響−   

 

1.緒言

 コート紙の、特に塗工層の細孔構造は、印刷時におけるインキの吸収性と深く関わっている。細孔構造は、水銀圧入法1,2)などにより毛細管の半径分布として求めることができるが、実際の液体の吸収性と結びつけることは困難である。コート紙の液体吸収性を評価した研究3−9)もいくつか発表されているがそれほど多くはない。これは、コート紙はコート層と原紙層の2層構造からなっており、液体がどの層を浸透していくかにより吸収速度が異なり、さらに水の場合は膨潤性、濡れ特性の異なる両層に吸収されていくため解釈がむずかしいことが挙げられる。また、表面に塗工される顔料、バインダーの種類が異なれば、コート紙の液体に対する親和性が大きく変わるためではないかと考えられる。既報で8)筆者らは塗工層構造を支配する要因のうち、乾燥条件、及びラテックス濃度が、コート紙への、水などの液体浸透特性に与える影響を超音波減衰率法を用いて測定、考察した。本研究では顔料組成、カレンダー掛けが液体浸透特性にどういう影響を及ぼすかをブリストー試験法、超音波減衰率法によって考察したのでその結果を報告する。

 

2.実験

2−1 液体吸収試験

 J.TAPPI紙パルプ試験方法 No.51−87に従ってブリストー試験を行なった。また水の浸透過程での超音波減衰率変化の測定も行った。この方法についての詳細は、既報7)ですでに述べた通りである。

 

2−2 供試サンプル

 サンプルとして用いた市販コート紙は、印刷用両面コート紙、熱転写プリンター用コート紙の2種類を用い、その基本的物性値を表1に示した。

 手塗りコート紙としては、炭酸カルシウムとクレーの配合比、ならびにカレンダー掛けのニップ圧を変えてサンプルを調製した。粒度分布の測定では使用した軽質炭酸カルシウム(?白石工業製スーパーSS)の平均粒径は3.9μm、2μm以下が23%であった。クレー(ジョージアカオリン2級)の平均粒径は1.8μmで、2μm以下が64%であった。塗工時の条件は表2に示す通りである。

 以上の条件で調製した手塗りコート紙のサンプル、顔料組成等も表2に示す。

 

2−3 その他

 市販紙の顔料分析はX線回折装置(?日本電子製JDX−5B)を用いて行い、炭酸カルシウムの存在は2θ=29.4゜のピークを利用した。炭酸カルシウム及びクレーの粒度分布は沈降型粒度分布自動測定装置(?島津製作所製RS−1000)を用いて行った。透気度、平滑度の測定には王研式透気度平滑度試験器を用いた。

 

3.結果及び考察

3−1 市販コート紙の水浸透特性

印刷用の両面コート紙は灰分測定の結果、灰分27.1%であった。顔料の種類はX線回折による定性分析の結果、炭酸カルシウム以外の物質のピークは見られなかったので、無機顔料以外使用されていないとすると、ほぼ100%が炭酸カルシウムであると言える。また灰分測定は900℃の灰化温度で行ったが、炭酸カルシウムは825℃で酸化カルシウムに分解するため灰分測定時にには約44%の重量損失がある。この分を補正すると印刷用両面コート紙中の炭酸カルシウムは約48.9g/mになる。

 熱転写プリンター用コート紙は、走査型電子顕微鏡観察の結果、塗工層表面では、原紙の繊維の隙間を顔料が埋めている状態が観察され、塗工量のごくわずかなサイズプレスコート紙であると考えられる。またX線回折による定性分析の結果では、やはりほぼ100%が炭酸カルシウムであった。灰分は13.8%であったので、同様な仮定では炭酸カルシウム量は約15.7g/mである。

 これら2種類の市販コート紙のブリストー試験結果を図1に示す。実線は印刷用コート紙で鎖線が熱転写プリンター用コート紙に対する水転移量曲線である。印刷用コート紙では接触時間約1秒付近まで勾配が緩やかで、それ以後は時間の平方根にほぼ比例した転移曲線となっている。この1秒付近までの時間は未塗工紙では通常濡れ時間と呼ばれるもので、紙の内部への浸透は起こっていないとされているが、コート紙の場合はこれが塗工層内部には浸透していないものか、あるいは塗工層内には浸透しているものの空隙量がごくわずかであるため転移量の増加としては現れてこないものかは分からない。熱転写プリンター用コート紙ではこの濡れ時間に相当する部分が非常に短く、すぐに接触時間の平方根に比例するように転移量が増加していく。原紙層内の水の吸収速度を比較すると傾きから印刷用コート紙の方が大きいことが分かる。

 コート紙にブリストー試験を適用した例として、Lyneら3)はインクジェットプリンター用紙に関する実験を行っている。親水性シリカコート紙では、水が塗工層全体を飽和させるのに要する時間は数ミリ秒であり、通常紙の表面粗さ指数として表されるKrという量をこのような特殊なコート紙では塗工層の全空隙量を表すものであると解釈している。しかし、水の吸収が速い親水性シリカを顔料として用いた場合には適用されても、一般の印刷用コート紙でのKrという量はやはり表面の粗さと解釈した方が適切であろう。

 図2は上記の2種類の市販コート紙に対する超音波の減衰率が水の吸収に伴って経時的に変化していく様子を示す。実線は印刷用コート紙で、鎖線が熱転写プリンター用コート紙に対する変化である。印刷用コート紙は濡れが遅く、測定部分の全面積が濡れるのに約5秒を要し、その後の減衰率変化は初期が塗工層で、水の接触後約12秒以降が原紙層への水の浸透を表すのではないかと考えられる。5ないし12秒での減衰率変化と12秒以降の減衰率変化では前者の方が変化率が大きい。既報8)に示した図では、塗工層を水が浸透していると思われる部分の方が変化率が小さかったが、既報のサンプルの塗工層の顔料はクレーのみを使用しており、緻密な塗工層になった結果、水の浸透が非常に遅くなり減衰率変化も小さくなったものと考えられる。本報の市販コート紙のサンプルはそれよりもはるかに多孔性であるため超音波の減衰率変化が大きくなったと考えられる。また約70秒以降で再び変化率が大きくなっているが、これは反対側の塗工層へ水が浸透している段階に相当すると考えられる。塗工層を浸透していゆくと考えられる時間の長さは超音波減衰率の測定では約12秒、ブリストー試験では約2秒と大きな開きがある。これは水の吸収のさせ方が異なるためであろう。すなわちブリストー装置ではサンプルがヘッドボックスと回転ホイールの隙間から出てくるときに加圧浸透が起こっているためであると考えられる。一方超音波減衰率測定では、下方からのオーバーフローさせた水面との接触であるため、加圧はまったくないと考えられ、この差によるものであろう。

 鎖線で示された熱転写プリンター用コート紙に対する変化は塗工層を水が浸透していると考えられる部分を分けることは不可能である。すでに述べたように電子顕微鏡による観察から、塗工層は非常に薄く原紙の繊維が塗工層表面に出ている部分も多いので、水が紙表面に接触した時点から原紙への浸透も同時に始まっているものと考えられる。

 

3−2 顔料組成の異なるコート紙への水浸透特性

 粒径の大きい炭酸カルシウムと小さいクレーとを混合して手塗り塗工したサンプルに対する結果を示す。塗工量はいずれも約25g/mであった。各サンプルの厚さ、平滑度、透気度を図3に示す。厚さは炭酸カルシウムの増加にしたがってわずかずつ増加する。平滑度については、炭酸カルシウムが20%のときクレーの配向が起こりやすいために平滑度が向上すると考えられるが、30%以上ではほとんど差がなくなる。透気度は炭酸カルシウムの増加にしたがって小さくなっていくが、大きい炭酸カルシウムの粒子間を埋めていくクレーの量が少なくなると、顔料粒子の充填が不十分になり、透気度が大きくなると考えられる。

 これらの手塗りコート紙にブリストー試験を行なった結果を図4に示す。原紙として用いたプリンター用紙と比較すると、接触時間0.5秒以降に平行な部分が現れるのでこの部分は原紙層での吸収を示すと考えれる。それ以前が塗工層の吸収を示しており、この時間域での吸収速度が大きいところから塗工層は原紙より水を吸収しやすい性質を持つと考えられる。0.2〜0.5秒付近でいったん吸収が遅くなるが、これは原紙層への吸収が始まる前の濡れ時間を示すものと考えられる。さらに原紙への吸収の前の水の転移量は塗工層への吸収量と表面の凹凸を埋める液体の体積の和と考えられるが、表面の平滑度は炭カル20%の場合がやや高いのを除くと、プリンター用紙を含めてほぼ同じであるので、塗工層への吸収が終わったと見られる点での水の吸収転移量と、プリンター用紙での水の吸収が始まったと考えられる点での水の転移量との差が、塗工層の空隙に吸収された水の全体積になると予想される。この考え方を適用すると塗工層の空隙量に関して次の計算が成り立つ。まず、プリンター用紙の粗さ指数Krは0.02秒〜0.5秒の間の直線を接触時間0秒に外挿すると約4.99ml/mとなる。コート紙では直接粗さ指数を求めることは不可能であるが、ベック平滑度の値から、どのコート紙も原紙と同じ粗さ指数を持つとすると、それぞれ表3のように水吸収量から見た塗工層の全空隙量が求められる。ただしこれがそのほかの方法によって算出した全空隙量と一致しているとは限らない。

 Lepoutre10)はオイルの吸収時間に関して、クレー/炭酸カルシウム、クレー/二酸化チタンなどのように組成が異なれば、たとえ塗工層の有孔度が同じでもオイルの吸収時間が異なることを示した。そして、流体の透過性は、空隙の全体積の単純な関数ではなく、ポアサイズやポアの連結の連続性が透過性を支配する要因であると述べている。

 このように表面を接触角=0゜で濡らすオイルですらポア構造の影響があると考えられている。さらに水の場合には塗工層の組成に起因する濡れやすさにも差があり、この方法によって計算された全空隙量、及び浸透速度には様々な要素が含まれていると考えられる。

 またInoueら6)も、塗工板紙のバインダーとしてPSB(poly-[styrene butadiene])ラテックス及びPVAc(polyvinyl acetate) ラテックスを用いて液体吸収速度を測定した。吸収させる液体はPVAcエマルジョン、及びポリビニルアルコール溶液を用いた。そして、バインダーがPSB の塗工板紙ではバインダーレベルが増加するとPVAcエマルジョンの吸水速度が下がり、バインダーがPVAcの時は逆であった。彼らはバインダーとして用いた2つのポリマーの濡れ特性と、顔料として用いたクレー表面の被覆性の差が要因であると考察している。またポリビニルアルコール溶液を吸収させた場合は、塗工層はバリヤ効果を持ち、PSB バインダーの方がその効果が大きいと考えた。そして、溶液の場合はセルロース繊維への収着と拡散が吸水機構になると述べている。顔料の種類では濡れ特性よりも粒子の形状と粒径分布が吸水速度を支配する要因であるとしている。

 図5は上記ブリストー試験で用いた同じサンプルに対し超音波減衰率変化を示したものである。図中の数値は同じく炭酸カルシウムの比率を表す。どのサンプルに対する曲線でも直線の勾配が急な初期部分と緩やかな後半部分からなる。原紙であるプリンター用紙の傾きとコート紙の後半部分の緩やかな部分がほぼ平行であることからこの緩やかな勾配の部分は原紙層への浸透で、急な部分が塗工層への浸透に相当すると考えられる。この塗工層を水が浸透していく速度の指標となる減衰率の変化速度と、塗工層に水が接触してから吸収が始まるまでの時間を比較すると、図6のようになる。この結果、炭酸カルシウムの比率が大きくなると濡れ時間が長くなり、また逆に減衰率の変化速度は小さくなっていくことが分かる。濡れ時間に関しては炭酸カルシウムの比率が30、40、50%と変化してもベック平滑度はほぼ同じであるにもかかわらず、濡れ時間が長くなっており、組成の差が濡れ時間の違いとなって現れていると考えられる。減衰率の変化速度は、平均ポア半径が小さい(透気度も小さい)と考えれれる炭酸カルシウム含有量の多い試料の方が小さくなっている。実際の吸収量から考えた速度は炭酸カルシウム含有量の多い試料の方が大きいと考えられるが、水の浸透に伴って生じる水/空気界面の増加速度が遅いために減衰率変化は小さくなると予想される。超音波の減衰機構には空気の存在が重要な役割を果たしていることは間違いないとPan11)も述べているが、まだ不明な点が多い。

 

3−3 カレンダー掛けが水浸透特性に与える影響

 それぞれの手塗りコート紙試料にカレンダー掛けを施した。テスト用カレンダー装置を用い、線圧が90、120kgf/cmの強さとなるようにそれぞれの試料につき2種類のサンプルを供試した。処理前後のサンプルの厚さ、平滑度、透気度の変化をそれぞれ図7、8、9に示す。厚さの変化は処理前の厚さの約20%の減少がみられる。原紙層の圧縮がその大部分を占めるのではないかと考えられる。平滑度は、極端に向上しており、また処理前には見られなかった組成の差がはっきりと現れている。粒径が小さく、配向しやすいクレーの比率が大きい試料の方が、より高い平滑性が得られている。透気度は、変化が小さく、塗工層内のポアの極端な圧縮はおきていないと考えられる。

 これらのカレンダー掛けを施した試料についてブリストー試験を行った。図10に炭酸カルシウム/クレー比が20/80の塗工層を持つ試料のカレンダリング前後の結果、及び原紙として用いたプリンター用紙の結果の比較を示す。カレンダー掛け後は、平滑性が高くなったために全体の曲線が縦軸の負方向にシフトしている。ただし、塗工層自体もやや圧縮されているために接触時間約0.5秒付近までの液体転移量はそれほど多くない。また約0.5秒以降は原紙層での水の吸収を表しているが、3種の試料ともほぼ平行である。カレンダー掛けによって原紙層のポア構造は平均ポア半径がかなり小さくなるような変化が起きていると予想されるにもかかわらず、吸収速度が同じであることが分かる。これは圧縮作用の働いたカレンダー掛け時に蓄えられた内部応力が解放されて、水が透過して行くのとほぼ同時にポアがカレンダー掛け前の大きさに戻ったためではないかと考えられる。

 従ってカレンダー掛けが水の吸収に与える影響は、圧縮による塗工層の水吸収容量の低下のみであり、原紙部分を浸透しているときは吸収速度の低下はないことが分かった。

 また線圧による差は、90、125kgf/cmの強さの比較では観察されなかった。

 

4.結論

 以上の結果及び考察から次の結論が得られた。

1.顔料組成の異なる塗工層を持つコート紙の水の吸収量は、クレーより粒径の大きい炭酸カルシウム量の多い試料の方が大きいが、超音波減衰率変化速度は小さかった。

2.原紙、及び塗工後の平滑度が同じ試料なら、液体の浸透に伴って液体が占める塗工層の空隙量を計算することができた。

3.カレンダー掛けにより表面平滑性が向上した分、あるいはわずかではあるが、塗工層が圧縮されて減少した空隙量の分だけ液体転移量は減少するが、原紙に水が吸収して行く際の速度には影響を与えないことが分かった。

 

謝辞

 本研究の試料の一部を提供して頂いた三井東圧化学?の深谷将世氏、林六?に感謝致します。また実験に際してお世話になった三菱製紙?の鈴木邦夫氏に感謝致します。

 

参考文献

1) Garey, C. L., Leekley, R. M., Hultman, J. D.  , and Nagel, S. C., Tappi 56(11):134 (1973)

2) Garey, C. L., Leekley, R. M., Hultman, J. D.  , Tappi 58(5):79 (1975)

3) Lyne, M. B. and Aspler J. S., Tappi 68(5):   106 (1985)

4) Hattula, T. and Oittinen, P., Paperi ja Puu   64(6-7):407 (1982)

5) Ranger, A., PTI(4-5):121 (1986)

6) Inoue, M., Lepoutre, P., Svensk Papperstidn.   87(3):R23 (1984)

7) 分部春樹, 原啓志, 大江礼三郎, 紙パ技協誌 42 (9):871 (1988)

8) 江前敏晴, 尾鍋史彦, 臼田誠人, 紙パ技協誌 44 (3):391 (1990)

9) 江前敏晴, 尾鍋史彦, 臼田誠人, 紙パ技協誌 44 (7):811 (1990)

10) Lepoutre, P., Pulp & Paper Canada 80(2):T58 (1979)

11) Pan, Y.-L., Doctoral dissertation, University of Tokyo(1988)

 

 

 

Table 1 Physical values of commercial coated paper samples

 

  Paper Basis Thick- Bekk sm- Air res- St?ckigt

Sample weight, ness, oothness, istance, sizing degree,

g/m μm   sec. sec. sec.

 

Printing paper   101.2 88.8 264    306 40.2

(2-sides coated)

 

Computer printout

paper for thermal 63.8 76.6 141 56 16.4

transfer printer

(1-side coated)

 

 

 

 

 

 

 

Table 2   Test specimens and condition in preparing

handmade coated papers

 

Commercial coated paper

 1.Printing paper(2-sides coated)

 2.Computer printout paper for thermal transfer printer(1-side coated)

Handmade coated paper

-Condition of preparation

 ・Base paper       Commercial wood-free computer printout form

 ・Application method Wire bar (Kumagai-riki kogyo Co.Ltd. No.16)

 ・Coating color Pigment: Kaolin clay, Calcium carbonate

  Dispersant: Sodium hexamethaphosphate

  Binder: SB latex(15 wt.% of total pigment)

            Solid content: 50 wt.%

Pigment composition Calcium carbonate / Clay(Kaolin) ratio

20/80, 30/70, 40/60, and 50/50

 ・Drying condition 20゚C 65% R.H.

 ・Calendering Nip pressure 90 and 125kgf/cm

 

 

 

Table 3 Total pore volume of coating layer of coated paper

occupied with water calculated from Bristow's curve

 

Composition Pore volume

of pigment in coating layer,

CaCO/Clay ml/m

 

20/80 4.81

30/70 5.62

40/60 5.95

50/50 6.66